3/11は東日本大震災から10年の節目。
多くの場所で追悼や慰霊の式典が
行われた。
日本ばかりではなく、
多くの国でも同様のイベントがあり、
各国首脳も追悼を述べている。
1.あの日のこと
この地震は東北地方を中心としたもの
だったものの、
西日本でも名古屋辺りまで震度4だった
というから、恐らく日本人の2/3が
揺れに襲われたのではないか。
私は2011年3月11日は東京にいたが、
唐突に物凄い揺れが来たことを思い出す。
金曜日だったと記憶しているが、
ちょうど代休だった私は連日の疲れで
自宅ですやすやと寝ていた。
そこへ不気味な地響きとともに
猛烈な揺れに襲われた。
私のマンションは3階建の3階だったせいか、
猛烈に揺れたのだ。
飛び起きた私は慌てて居間に行き、
台の上に置いてあった大型テレビが
床に落ちないように支えた。
奥の部屋では、本棚から本やCDが飛び出して
宙を舞っていた。
TVを観ると、明らかに異常な事態が起きた
ことが認識できた。
2.震災後、日常が大きく変わった。
このブログの読者はきっと20歳以上だろうから、
当時のことは覚えているはずだ。
福島の原発事故で電力供給量が急減し、
節電が呼びかけられたことで、
夜の街が急に暗くなった。
不気味な余震が何日も続いたので
今回のコロナと同様に、
不要不急の出社が禁じられ、
毎日何をすればよいのか不安だった。
ニュースでは毎日、これまで普通に
行われていたものが中止になる報道
ばかりが報じられた。
10年後の今夜、各テレビ局が
震災後の東北について特集を組んでいたが、
いずれも、未だに深刻な被害の最中に
あるという内容だった。
3.次の震災への備え
東日本大震災では約2万人弱の死者や
行方不明者が出てしまった。
宮城や岩手の海岸線付近に住んでいた人が
津波に飲み込まれたことが被害を
拡大させたようだ。
本当に気の毒。
私は今東京23区西側に住んでいるので、
津波の被害は考えにくい。
何しろ海抜40メートルあるそうだ。
しかしつい先日、足立区に所用で行ったが、
環状7号線の梅島付近で「海抜1m」という
標識があったことに驚いた。
海岸線からは10キロ以上あると思うが、
それだけ低いと、どうなんだろう。
ただでさえ、東京の東側は埋立地が多い。
不動産管理をしている私が思う地震対策とは、
①起伏の多い場所に住まない(崖崩れ)
②海沿い・埋立地は避ける(地面の液状化)
③タワマンも危険(台風にも弱い)
④古い住宅密集地もダメ(延焼の恐れあり)
⑤付近に広い公園がある場所を選ぶ
⑥高層階には住まない(エレベータ対策)
⑦オール電化は避ける…………
4.人生における3つの坂(さか)
「すべての人の人生には3つの坂がある」。
結婚式の祝辞でよく使われるフレーズだ。
①1つ目が「上り坂」
つまり、修業時代だ。
一人前になるために七転八倒する時代。
②2つ目が「下り坂」
修行を終えて独り立ちし、商売が順調なとき。
結構な話ではあるが、
この状態がある程度続くと、事情が変わる。
邪心、慢心、驕りが生じる。
③3つ目が「まさか」
この「まさか」で人生計画が大混乱するのが天災。
中国人が作り出した今回のコロナもそうだ。
この種の災厄は事前の正確な対策が出来ない。
いずれにしても、統計上、向う30年以内に
首都圏が大規模震災に襲われる可能性は高い。
若者諸君がこれに対して全く無防備だとすれば、
それはとても危険なことだ。
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